top of page

「身体で聴こう音楽会」 ー障がいにかかわらず、同じ空間で同じ音楽を同時に感動する場

 パイオニア株式会社から当部会に、『ボディソニック』という機器の体験をしてみないかとのお声がけがあった。その名前自体に聞き馴染みはなかったが、耳に障がいのある人も、そのボディソニックを使えば音楽を楽しむことができる、という話には、非常に興味を惹かれる。また、パイオニア株式会社では、その装置を用いて、『身体で聴こう音楽会』という企画を開催していると言う。ボディソニックという機器とボディソニックの行っている福祉活動。この2つの関係性はなんなのだろうか。パイオニア株式会社に来訪し、直接お話を伺ってきた。

 人事企画部の佐藤さんに案内されて会議室に行くと、下の写真に見える3つの装置が椅子の上に置かれていた。どうやら、このザブトン型、ポーチ型と言われる形状のボディソニックと、ヘッドフォンにより、身体で音楽を聴く体験ができるようだ。



椅子に立て掛けられているものがザブトン型

左:ポーチ型、右:ヘッドフォン



 写真にあるように、ザブトンが立て掛けられている椅子の背もたれに身を預けてみた。ザブトンからは、音楽に合わせた振動が常時伝わってくる。筆者は音感が乏しいため、これだけだとどういった音楽が流れているのかいまいち分からなかった。しかし、背中から感じられる振動の感覚は心地よく、自身の中にある音楽的感覚が刺激されていることが分かった。

 そうしてザブトンの振動を堪能していると、「身体で聴こう音楽会」に携わる山下さんからヘッドフォンを差し出された。それを耳に装着すると、今度ははっきりと音楽を聞くことができた。普通のヘッドフォンの聴こえ方とは異なり、耳の奥に音楽を送り込まれているかのような重厚感がある。耳で聞くというよりかは、鼓膜が震えている感覚だ。

 また、写真の社名が印字された赤いポーチは、体の好きな部位に当て、振動を楽しむためのものだと言う。試しに腹部に当ててみると、背中のクッション、耳のヘッドフォンと相まって、背中と腹部から体全体に音楽が流れていくような気がする。シンバルの勢いある音に身体が痺れる感覚や、映画館で工夫の凝らされた音声が耳から身体に響いていく感覚が思い起こされた。確かに、これは耳で音楽を聞くというよりかは、身体全体で音楽を聴くという表現がしっくりくる。「身体で聴こう音楽会」という意味が、どういうことか分かった。(江崎)


 

 ボディソニックの体験から、身体で聴こう音楽会の意味が分かったのはいいものの、未だ具体的な説明には触れていない。ボディソニックとは一体何なのか。振動によって耳に障がいのある人にも音楽を楽しめる仕組みは、どのように作られたのか。その詳細について、身体で聴こう音楽会事務局長の山下さんは以下のことを話してくれた。

 ボディソニックとは、糸川英夫博士による提言から着想を得、パイオニア創業者の松本望が研究・開発した体感音響システムだと言う。糸川博士いわく、「音楽は耳と骨で聞いている」のであり、体全体で感じるものであるという。そこで、松本は、「音波」と「ボーンコンダクション(骨伝導)」の両者の性質を取り入れた、音響装置の研究と開発に取り組んだ。度重なる苦労と試行錯誤の末、ついに1980年にボディソニック第1号が誕生した。当初のボディソニックは、体に対する骨伝導効果の性質を最大限に生かしたものであり、音楽の補助機器として、一般の人々向けに設計・開発されたものであった。続いて、当時会長であった松本は、この骨伝導効果を利用すれば、聴覚障がいのある方でも音楽を楽しむことができるのではないか、と考え、聴覚障がい者団体等の協力のもと、福祉目的でのボディソニック開発に取り組んだ。1992年には「より多くの人と、感動を」というパイオニアの企業理念のもと、聴覚障がいのある方に広く音楽の素晴らしさと感動を与えたい、という社員一同の願いから、第1回身体で聴こう音楽会が開催された。また、このほかに慈善活動として、外部のコンサート会場やイベント会場に、ボディソニックを設置して聴覚障がいの方を招待する活動も行われた。現在においても、サントリーホールや東京芸術劇場、横浜みなとみらいホール等を会場として、日本フィルハーモニー交響楽団によるコンサートやバレエなどへ招待し、年間50回ほど実施されている。

 ボディソニックの最大の特長は、装置から発生する重低音振動によって、音楽のリズムや響きをより忠実に感じることができ、臨場感をもって音楽を楽しむことができるところである。ボディソニックはもともと一般の人々向けに考案された背景もあり、この臨場感は耳が聞こえない方だけでなく、健聴者でも体感することができる。「振動が臨場感ある音楽を作り出す」とは一体どういうことだろうか。重低音振動を音楽として感じるメカニズムは、大きく分けて以下の2つの経路を辿ることによるという。1つ目は、装置から生じる重低音振動が骨に伝わり音として認識される「骨伝導」効果による。これは、先に述べたように、音楽は「音波」と「ボーンコンダクション(骨伝導)」によって知覚されるところ、骨伝導は鼓膜などの働きを介することなく、音を認識させる役目を果たしている。このおかげで、鼓膜等に障がいをもつ方でも、健聴者と同じように音楽を楽しめるようになる。2つ目は、皮膚内部に存在する、振動や皮膚の変形を感じ取る器官が直接振動を知覚することによる。ボディソニックは特に後者の効果が大きく、ライブ会場で体感されるような「ドラムやベースのパート」といったリズム、「楽器の胴鳴りやホールの響き」といったエコーを肌で体感することができる。これら2つの性質を組み合わせることによって、生演奏の会場で味わう体の振動や衝撃を忠実に再現したところに、ボディソニックの大きな特徴がある。

 ボディソニックには2種類の形状がある。座席と振動装置が一体化した「座椅子型」と、振動装置が組み込まれた「ポーチとザブトン型」である。「ポーチとザブトン型」は前述の通り、われわれ取材班が実際に体験させていただいたものである。ポーチ状のボディソニックは、握りこぶしより一回り大きいサイズで、手やお腹、胸、足など身体の部位に当てるうえで馴染みやすいよう工夫されている。ザブトンクッションは椅子の上や背中に当てて使用することができる。これら両者を組み合わせて使用することによって、小音量であっても、重低音振動が体全体に直接伝わり、難聴や中途失聴に悩む方にも臨場感をもって音楽を楽しめるようになっている。実際には、これらに加えてヘッドフォンや磁気ループも使い、音楽と振動のハーモニーを存分に楽しめるものとなっている。

 身体で聴こう音楽会は、聴覚障がいのある方だけでなく、健聴者も一緒に音楽を楽しむことができる。実際に、音楽会に訪れる方々の半数ほどは健聴者であり、聴覚障がいのある方のご家族、障がい者・高齢者福祉関係に携わる方、親子連れの方など、年齢や職業は実に様々である。また、当音楽会への参加をきっかけに、聴覚障がいのある方同士でコミュニティを形成するなど、心の支えとなっている側面も大きい。今年で当音楽会は30周年を迎え、2022年12月17日(土)には、第266回定期コンサート『身体で聴こう音楽会30周年特別記念公演』がめぐろパーシモンホールにて開催された。身体で聴こう音楽会は、聴覚障がいのある方と健聴者を繋ぐ心の架け橋となり、ますます多くの人々に感動を与え続けている。(建川)  


 

 最後に、ボディソニックに携わる人々の想いを詳細にお伝えするため、以下にパイオニア株式会社従業員である山下さんと佐藤さんにインタビューした時の様子を記す。

(聞き手:江崎、建川)

(話し手:山下さん、佐藤さん ※以降敬称省略)




パイオニア本社にて撮影

左:佐藤さん 右:山下さん



(建川)生演奏の際は、どのようにボディソニックが振動するのでしょうか。音楽会のお話を最初に聞いたとき、生演奏とボディソニックの振動をどういう風に同期しているのか、すごく不思議だったんですよ。


(山下)生演奏の楽器の前にマイクを設置して音を拾い 、その音をミキサーに入れて、ボディソニックに信号送っています。サントリーホールやNHKホールなどの音楽ホールには、音響室があるので、そこを通して信号を頂くこともありますね。


(建川)それだと、実際の演奏と時差が生じてしまうんじゃないですか。


(山下)こちらで微調整することで、同時に体感できるようになります。



(江崎)聴覚障がい者用の振動を意図的に作り出し、ボディソニックに送っているわけではないんですね。実際に演奏されている音を振動に変えているのであれば聴覚に障がいを持たない方とほとんど同じような体験ができそうですね。



(山下)聴覚障がいを持たれている方は、人によって聴こえの状態は様々です。生まれつき全く聴こえない方や、中途失聴の方や難聴の方もいらっしゃいますし、聴こえ方も高音は聞こえるけれども低音は聞こえない、またその逆もあります。ボディソニックを使うことで、その聴こえの状態すべてに対応できるというわけではないですが、普段より音やリズムを感じて楽しんで頂きたいと考えています。


(建川)聴覚障がいの度合いによって、聞こえ方がどのように違うかについては、やはり分からないのでしょうか。


(山下)全く耳の聴こえない方はボディソニックを使っても振動しかわかりません。それでも、視覚として生演奏を見て、ドラムとかでリズムを感じるだけでも楽しいという方も中にはいらっしゃり、よく音楽会に参加してくださっています。


(江崎)重度の人はヘッドフォンから音楽が聞こえないにしても、振動から音楽を楽しむということはできるという感じですか。


(山下)そうですね。 何もないよりは、ボディソニックがあることで音楽を演奏されている方の手の動きと一緒にリズムを感じることはできます。


(江崎)耳が聞こえない人にとっては、音楽を楽しめるようになる画期的なシステムですね。


(山下)そうですね。途中で聞こえなくなってしまって音楽を聞くことを諦めていた人が、ボディソニックやヘッドフォンから音を体感して、また音楽を楽しむことができたということもよくあるんですよ。


(建川)耳の聞こえる方がボディソニックを音楽会で使うことはあるのですか。


(山下)空いていたら、ボディソニックの設置してある席に座ってもらいますね。


(建川)では、通常は座ることができないんですね。


(山下)そうですね。外部団体主催のコンサートなどでは、ボディソニックを設置するのに時間がかかったり、台数が限られているので、聴覚障がいの方が優先で、耳の聞こえる人の席はなかなかないんですよ。


(佐藤)ボディソニックは人気なので、健常者に回ってくる前に、埋まってしまうことが多いんですよ。


(江崎)『身体で聴こう音楽会』は福祉的な目的で行われていますが、山下さんは障がいの方と関わる際、何か気をつけていることはありますか。


(山下)障がいがあるからといって他の部分では気を遣わないようにしています。耳が聞こえなかったら筆談をしたり、障がいである部分をフォローさえすれば、良いと思っているので、変に気を遣わない様に気をつけています。『身体で聴こう音楽会』の企画運営は私と聴覚障がいのある方と2人で行っているのですが、その方が出る打合せの際は、話した言葉を文字起こしするツールを使用し、文字情報で理解してもらっています。同じ情報を得られるところまでは対応して、そこからは普通に仕事をしています。音楽会には聞こえる方が半分以上いるので、みんな同じ場で時間を共有することがコンセプトにあるんです。仕事においても同じですね。


(江崎)ボディソニックを体験する際、ヘッドフォンも装着しましたが、これは、補聴器をつけて音楽を聴く感覚に近いのでしょうか。


(山下)補聴器とは違うと思います。補聴器は個人の聴力に合わせてカスタマイズされたものなので。生まれつき耳が聞こえない人は、手話を自分たちの言語として、アイデンティティを持っています。一方、中途失聴の人は途中で聞こえなくなり悲しい思いをされているかもしれませんが、同じような障がいを持つ人をサークルや難聴者協会などで見つけて、新しい友達を作ったりされています。『身体で聴こう音楽会』もそういった場になっていて、ここで友達ができるなんてことも多いんですよ。


(江崎)コミュニティの一つとなっているわけですね。


(山下)そうそう。例えば、いつも音楽のジャンルを変えてはいるのですが、ジャンルに関係なく毎回来てくれる人がいます。ただ音楽を楽しむだけではなく、友達に会うためにリピーターになってくれることがあるんです。私としては、聴覚障がい者だけではなく、障がいを持っていない人とも同じ空間を楽しめるっていうのがいいなって思います。昔クラシックコンサートに行っていたけど諦めたような人も、ボディソニックがあるから行けるようになったっていうことも聞いて、嬉しく思いますね。


(建川)ボディソニックを用いた展望などはありますか。


(山下)健常者向けの営利などは考えていません。ですが、これからの展望を考えたとき、ボディソニックをわざわざ席に設置するのではなく、音楽ホールに既に設置されている状態ができたらいいなと思います。また、自宅で欲しいという聴覚障がい者の方もいらっしゃるので、そういう方には販売した方がいいのかなとも思います。聴覚障がいの方でもボディソニックで音楽を楽しめることを知らないこともあるので、もっとボディソニックや『身体で聴こう音楽会』を認知してもらいたいです。障がいがある人もない人も同じ空間で同じ音楽を同時に感動する場、機会を提供したいと思います。


(建川)情報伝達で手話を扱うことはあっても、音楽に目を向けることは今までなかったですよね。音楽って意外と身近にあるのに、そこに目を向けたのはパイオニアさんが初めてなのではないでしょうか。


(佐藤)それがすごくパイオニアらしいと思っているんですよ。パイオニアは昔からエンタメ系のものをよく作っていて、耳の聴こえない人にも音楽を楽しめるようにするというのが、パイオニアらしいと思いますね。


(山下)創業したのも、良い音をいろんな人に聴いてもらいたいっていう気持ちからスピーカーを作ったので、そういう感動を共有したいという気持ちが従業員全員の根底にあるんですよね。


(建川)最後に、一般の方へのメッセージをお願いしてもいいですか。


(山下)「身体で聴こう音楽会」は、継続が難しい時もありましたが、1992年からずっと続けてきた活動です。ある意味、パイオニアの精神がこめられた活動です。障がい者の方に限らず、どなたでもお越し頂ける音楽会なので、是非お越しください。


記事:江崎


取材協力:パイオニア株式会社より、

     山下桜さん

     佐藤優里さん


閲覧数:251回0件のコメント

最新記事

すべて表示

【波紋】月に祈る

2024年1月20日、JAXAの小型探査機「SLIM」が月面に着陸した。これにより、日本は、ソ連、アメリカ、中国、インドに続き、5か国目に月面着陸に成功した国となった ▼月――地球の周囲を約38万キロメートル離れて公転している惑星。直径は約3476キロメートルで、重力は地球の約6分の1。誕生に関しては、別の星を地球の重力で捕らえただの、地球に星が衝突したときの欠片が集まってできただの諸説ある ▼そ

Comments


bottom of page